♪: chyangba


ブジュン村に超小水力発電所と索道を建設

ブジュン村

今なぜ、超小型水力発電所なのか!

 ネパール・ヒマラヤの7~8000mの高峰のふもとでは、神々の棲むと言われるそれらの峰
々とは対象的にきわめて人間臭い営みが日々行われている。すなわち、木々の1本もない山の頂
きまで刻みつけられた赤茶色の段々畑が、ネパールを訪れた人々に奇異な感じを抱かせるのであ
る。少しでも多くの収穫を得ようと山膚を耕し、木々は日々の燃料にするという人々の暮らしが
長い年月を経て、緑豊かであったネパールの山々を6~8月の雨季以外の乾季には、一面の赤茶
色の裸の丘陵に変えてしまったのである。
 ヒマラヤに源を発する川は、ひとつの例外もなく土砂に埋めつくされている。近年、インドや
バングラデシュの大洪水が、ネパールの森林破壊に起因するという説が声高に唱えられているが、
1本の木もないネパールの山々を見ていると不思議と説得力をもって迫ってくるのを否定しえな
い。ネパールでは、エネルギーの96%を森林に依存し、年3%ずつの森林が消滅していると言
われている。
 ネパールの森林資源省の資料によると、20年前に国土の64%あった森林が今では37%に
激滅しているとのことである。国連食料農業機関や欧米諸国のNGOがネパール各地で植林活動
を展開ているものの、破壊の速度に追いつかないのが現状である。そして、世界中からネパール
ヒマラヤを訪れる登山隊やトレッカーが、森林破壊に追いうちをかけているのである。その数は
ネパールの年間観光客20数万人の1/5に達しており、訪れる登山客、トレッカーが一番多い
アンナプルナ・エリアでは、食事のみならず、暖房やシャワーのため1年に1ヘクタールのシャ
クナゲ林が切り倒されていると云われる。
 ネパール観光省は、登山規制で登山隊には石油等の携帯を義務付けて森林破壊をくい止める施
策を講じているが、問題はトレッカーと代替燃料をもたない地域住民対策である。
 トレッカー対策については、他の有効な施策に譲るとして、地域住民のエネルギー消費による
森林破壊をくい止めるための有効な方策については、日本の環境省にあたる「キング・マヘンド
ラ・トラスト・フォ・ネイチャー・コンサーベイション」《現在の「ナショナル・トラスト・
フォ・ネイチャー・コンサーベイション」(通称NTNC)》が登山隊とトレッカーの最も多い
アンナプルナ・エリアにアンナプルナ・コンサーベイション・エリア(アンナプルナ自然環境保
護区域)を設定、この地域の自然環境保護のための各種のプロジェクト《略称:ACAP(エー
キャップ)》を実施しようとしている。
 この中で森林破壊をくい止めるため立案されたのが、区域内の各村ごとに「小型水力発電装置」
を設けるというプロジェクトで、現在計画されている12のモデル村のうち、ACAPの現地事
務所のあるガンドルンとシクルス村で完成、他の村での着工が待たれているというのが現状であ
る。このプロジェクトは総費用の70%を海外からの無償援助に頼り、残り30%とランニング・
コストを地元が負担するという形で考えられており、登山隊やトレッカーを多数送り込んでいる
欧米、中でも世界に1,2の登山大国である日本は、積極的に援助の手をさしのべる必要がある
と考える。
                      1996年4月   徳島ネパール友好協会





ブジュン村超小発電所建設についての経緯

 この度、私たち徳島ネパール友好協会が「索道」建設支援をしているブジュン村は、地理
的にはちょうどネパールの中央に位置するガンダキ県、ラムジュン郡にあるグルン族の戸数
約400戸、人口1600人の村です。ネパール第2の都市ポカラから直線距離で東へ20
Kmに位置する標高1600~1700mの尾根上にある村でこのブジュン村より奥には村落
はなく最奥の村です。

 ブジュン村へは、カトマンズとポカラを結ぶ幹線道路(プリツビ・ナラヤン・ハイウェイ)の
ドゥムレから北上、この地域で最も大きな街であるベシサハールで四輪駆動車に乗換え車の入
る最終地点ガレガオン集落まで悪路を約3時間のドライブの後なお約10Km歩かなければなり
ません。因みにカトマンズからベシサハールまでは、約200Km、車で途中の休憩を入れて約
6時間、ベシサハールからガレガオンの四輪駆動車の3時間、ガレガオンからブジュンの徒歩
3時間を加えカトマンズからブジュンまでは約12時間の行程です。

 この度の「索道」建設支援事業は、1999年に私たちが支援をして完成した80KWの小
型水力発電所の10周年を記念する事業で、標高差350mある耕地と村の間の荷揚げの労役
の軽減をめざすもので2009年に1本、2010年に2本の計3本を架設しました。

 徳島とブジュン村をつなぐ80KWの小型水力発電所は、アンナプルナ特別自然保護区域内
での炊事ならびに暖房のための森林伐採を食い止めるため、キング・マヘンドラ・トラスト
(King Mahendra Trust for Nature Conservation = 現在は改称され National Trustfor 
Nature Conservation)が、アンナプルナ・コンサーベーション・エリア・プロジェクト
(ACAP=エーキャップ)として、アンナプルナ特別自然保護区域内の12の村でモデルとな
る小型水力発電所の建設を計画したうちの一つで、1年11ヵ月をかけて1999年11月に
完成、同年12月3日に当時キング・マヘンドラ・トラストの総裁であった前国王のギャネン
ドラ殿下をお迎えして竣工式が行なわれました。

 1990年に大阪鶴見緑地で開催された「花の万博」にネパール政府代表の一人として来日
された当時キング・マヘンドラ・トラストのメンバー・セクレタリーであった故 Dr. チャンド
ラ・グルンさんから恩師の故 Dr. ハルカ・グルンから電話をするように言われたと当会のコー
ディネーターの倉内司郎さんのところに電話があり、花博への協力でなくブジュン村での小型
水力発電所の建設への協力要請がありました。そして、倉内さんから剣山頂上のミヤマクマザ
サの復元を成功させた古い山仲間の天野親聡さんへその要請が伝えられました。そして熟考に
熟考の末、「徳島のそして日本の自然を守るのもネパールの自然を守るのも同じこと」と取り
組むことを決め、徳島ネパール友好協会を結成しブジュン村での80KWの小型水力発電所の
建設の運動をスタートさせました。

 ブジュン村のリーダーであった今は亡きティルサ・バハドール・グルンさんなしにブジュン
に小型水力発電所は完成することはなかったでしょうし、ブジュン村での小型水力発電所建設
の支援を日本に求められた故 Dr. チャンドラ・グルンさんの英断なしにも存在しなかったでし
ょう。徳島ネパール友好協会は、いつまでもこのお二人を忘れることなく胸に刻んで行きたい
と考えております。

 ブジュン村では、竣工式が行われた12月3日を『徳島デー』と決め、毎年徳島からも参加
してともに祝い友好を深めて来ました。故中瀬敬之会長の学校への寄宿舎の寄贈、今も続いて
いる美馬準一さんの奨学金の贈呈によって絆は深まってきました。

 そして、この10周年の記念日を迎えるにあたって「どのように10周年を祝うか」を話し
合う中で出てきた案がこの索道計画だったのです。小型水力発電所そして索道で結ばれたブジ
ュン村と徳島、今後も友好を深め発展させてゆくことが今は亡きティルサ・バハドール・グル
ンさんや Dr. チャンドラ・グルンさんも願っていることと信じ頑張って参りたいと考えており
ます。





アンナプルナ保護区域プロジェクト
保護区域管理委員会
ブジュン村小型水力発電所管理委員会

  関係各位殿

 日本郵政機構は、徳島ネパール友好協会をとうして1999年ブジュン村の電化のため80
KWの小型水力発電所を設置して戴き、更に最初の1号ロープウエイ建設のため、財政的、技術
的な支援も戴きました。
 今回電化委員会を、財政的、技術的にご支援賜り、第2号、第3号ロープウエイに加え、
20KWの小型水力発電所(本日落成、3月14日・2011年)を完成させて戴き、ブジュン
村民は深く感謝の意を表します。この度追加されました電力は、新設された2つのロープウエ
イに供給され長く将来にわたり、社会経済的な発展と時間や労力の削減を含め、ブジュン村村
民の生産性の改善に大きく寄与することでしょう。
 我々は再度、日本郵貯機構の支援に対し心から感謝の意を表します。又この事は友好関係を
さらに深める事を確信しています。

 敬 具
  ナラヤン・バハドール・グルン
       委員長
3月14日   2011年





ブジュン村点灯10周年アンケート

 ブジュンMH(マイクロハイドロ)ができて10年になります。
 この10年間電気のある暮らしをされてきましたが、
  10年前の電気が村にきた時のことを思い出して、
  次のアンケートに答えて下さい。  
       《回収率90.14%(311戸/345戸)》
1.電気がきた時に感じたことを率直に聞かせて下さい。
       ( 次 頁 参 照 )
2.電気を何に使っておられますか!(単位:戸数、%)
  ○ 電   灯  305(98.1)
○ クッキング  139(44.7)
○ ボイラー   143(46.0)
○ その他(  ) 53(17.0)

3.電気がくる前と後で睡眠時間は変わりましたか!
  ○ 変った      ○ 変らない    
   就寝時間が遅くなった(@戸平均:2.08時間)

4.どんな電気製品をお持ちですか!(単位:戸数、%)
○ ライス・クッカー 75(24.1)   ○ ボイラー 94(30.2)
○ テレビ  107(34.3)   ○ ビデオ  78(25.1)
○ ラジオ  218(70.0)   ○ 冷蔵庫   9( 2.9)

5.薪(まき)の消費量(単位:束、@束約  kg、期間:          )     
  ○ 以前より減った  どれぐらい 6,092束(@戸  束、  kg)
  ○ 以前より増えた  どれぐらい(  )束     ○ 変らない  
     
○ 薪を何に使っていますか!(単位:戸数、%)
  クッキング 294(94.5)暖房 273(87.8)       
  ボイラー  208(66.9)

6.子供の生活に(単位:時間、@戸平均)
  勉強時間が増えた(1072時間:@3.45時間)  変らない   減った

7. 徳島(ネパール友好協会)との関係について     
        要望があれば聞かせて下さい。

             2009年4月  徳島ネパール友好協会







= 問:電気がきた時に感じたことを率直に聞かせて下さい。=

       《 代表的な回答のみ記載しました 》
○ 電気を点けることが出来てとても嬉しいです。昼に終えない仕事が晩に出来るように   なりました。 ○ 電気が来てとても嬉しいです。明るくなったため朝晩色々な仕事が出来るようになり   ました。 ○ 以前は電気がなくて村全体暗くて、ご飯を作る、住む、歩くのにとても難しかったで   す。今電気が来てとても助かりました。 ○ 電気が来て色々なものが家でも作るのに助かりました。 ○ 電気が来て村全体がピカピカと光っています。とても楽しいです。 ○ 電気が来てから我々の家内工場にとても助かりました ○ 以前は電気がなくて何もニュースなどが分かりませんでした。このごろ電気があるか   らラジオ、テレビを通して国内,国際のニュースが分かるようになりました。 ○ 電気がなかったときあちらこちら歩くに大変でした。今電気が来て色々に大変たすか   りました。 ○ 電気がなかったとき全てが暗く感じました。今全てが明るく感じています。 ○ 以前電気がなくて家内作業出来なかったが、今は電気があるから出来るようになりま   した。 ○ ラムジュン郡の中も一番奥にあるブジュン村に首都のように明るい電気が点くと言う   ことは夢みたいでした。しかしこの夢は現実になっていることでブジュンのみんなが   とても嬉しいです。最後にこのブジュンの小水力発電の発展を望んでいます。 ○ 電気が来てから発展と共に考え方までますます良く変わってきています。 ○ 我々の村に電気が来て家の消費金額が減りました。 ○ 電気を点けることが出来て満足しています。家で色々な商品を造ることが出来、収入   が増えています。 ○ ブジュンとランジュン郡はとても離れている、暗い村でした。電気が来るのは夢でし   か考えていなかった。今は電気が実現で以前見ていなかったものも見れるようになり   ました。とても嬉しいです。 ○ 今より易しく仕事が出来る夜になることを感じました。 ○ 電気が来た時村がとても明るくなりましたそれと同じく私の心も明るく感じました。 ○ 暗さがなくなり明るい所で生活が出来ました。灯油の問題がなくなりました。薪の消   費が減りました。 ○ 昔々は電気って言葉だけ聞きました。今は実現で電気を見ることが出来とても嬉しく   思っています。同じく続くことを期待しています。 ○ 電気が来たその時私がこの様に感じました。灯油つけて生活しているうち、電気の光   でとても明るくなり夜も昼のように感じました。とても嬉しいです。 ○ とても良い時でした。その瞬間は私は体験したことがなかったです。ネパール政府か   ら電気がくれるという事は後10年待っても来ないと思いますが、そのことは10年先に   電気を使うことが出来、とても嬉しいです。徳島にも感謝を申し上げます。 ○ 電気!! 私はとても嬉しいです。薪を使う問題が減りました。それと夜も時間がくる   と色々な仕事が出来ようになりました。それから子供たちの勉強時間も長くなりまし   た。 ○ 電気が来たその時私はとても嬉しくてたまりませんでした。その時をけっして忘れま   せん。 ○ とても嬉しかったです。煙の生活から出ました。電気が来て明るいところで生活が出   来るようになりました。新月後の満月が来たように感じました。 ○ とても嬉しかったです。電気が来て夜にも家事がしやすくなりました。村にも電気が   来て私は市内で生活をしているように感じました。 ○ 電気が来てとても嬉しかったです。我々のうちも市内の家と同じになりました。嬉し   くて、嬉しくてどうしたら良いか分からなくなりました。灯油の煙から放れました。 ○ 電気が来た日私と私の家族全員が生まれ変われたと感じました。その時新月の夜も太   陽が出てきたように、市内と同じく明るくなりました。何も食べてなくてもお腹いっ   ぱい食べたような感じでした。とても、とても嬉しかったです。 ○ 暗い洞窟から外の明るい所に来たよう。初めての電気の光を見てとても嬉しかったで   す。 ○ その時とても嬉しく感じました。今まで一回も踊っていない人間が嬉しくて、つい踊   っていました。 ○ 電気が来てよく便利がありました。色々なハンディクラフトが作れるようになりまし   た。子供の将来が明るくなりました。とても嬉しいです。沢山の仕事が出来るように   なりました。 ○ 電気のため夜道を歩きやすくなりました。明るいですから夜晩くまで仕事が出来るよ   うになりました。子供の勉強もよくなりました。ですから我々はとても嬉しく思って   います。 ○  電気の光と見て嬉しくてたまりませんでした。 ○ 電気の光が見たら、嬉しくてたまりませんでした。 ○ 電気が来て子供に勉強が出来るようになりました。ですからとても嬉しいです。 ○ 電気来てから私が敷物RADIを作る家事をするのにとても楽になりました ○ 電気が来た日が7日間もずっと日が有ったように感じました。 ○ 電気来て天国のように見えました。子供の勉強時間も延びました。 ○ とても嬉しかったです。嬉しくて足が地面になかった。 ○ とても楽しかったです。当日は私が天国いたことを感じました ○ 嬉しい、楽しい両方感じました。 ○ こんなに離れている村にはぜったい電気が来ないと思っていました。しかし今日皆様   方の支援、協力でこの村にも電気が来て明るくなりました。電気が来た日にとても嬉   しかったです。 ○ 電気が来た日から昼も夜も日が出ているように明るく感じました。 ○ 電気が来たときは夢だと思いました。その日今までも忘れられないです。つい思い出   します。 ○ 電気が来た時私は嬉しくてたまらなかったです。その時のことは全然忘れられません。 ○ ブジュンには電気が来るとは思いもしなかった。徳島ネパール友好協会が我々のために   神様に会ったと同じことを感じました。電気を点けた日はとても嬉しかったです ○ ブジュンには電気が来ると聞きました。それは話だけになると思っていました。しか   し話だけじゃなくて実現したその日とても嬉しかったです ○ 電気が来た日嬉しくて涙が出ました。他の村と同じく自分の村にも電気が来てとて   も嬉しかったです。 ○ 嬉しくて足が地面にあるかどうか分からないぐらいでした。自分は天国に着いたこ   とを感じました。 ○ 初めて電気の光であちらこちら明るくなりました。見えなかった物もみんな見える   ようになりました。 ○ 電気が来てとても良かったです。電気で出来ないことは何も無いという事が分かり   ました。電気が来て我々には夜仕事が出来るようになりました。 ○ 徳島ネパール友好協会がとても良いことをしました。なぜならばネパールのこんな   に離れている村を暗いところから明るくしてくださいました。勉強する学生たちに   もとても助かりました。 ○ 電気が来たとき夢みたいになりました。その時を今でも思い出してきます。全然忘   れられません。 ○ 暗い雲がかかっているブジュン村に電気が来て明るくなった時我々の人生に特別に   変わって来たを感じました。我々は電気が来るというのは思いもしなかったところ   突然電気が来て嬉しくてたまらなっかたです。 ○ 感想。暗いところから明るさを感じました。教育のレベルが上がりました。 ○ 時間がある時夜にでも色々の商品が作れるようになりました。例えば竹でできる籠   など。 ○ 新しい世界に入ったように感じました。日常のことがより早く易しく出来るように   なりました。 ○ いつも光の下にいること。機械で脱穀Rice Millができたこと、炊飯器でご飯が炊け   て時間の節約ができたこと。テレビ、ラジオから世界中のニュースなどが分かるこ   と、電話なども入ってきたこと。 ○ 電気がなかった時石油の問題がありましたが、今電気が来て色々と生活がしやす   くなりました。以前はみんなが懐中電灯を持って歩くんですが、今はないです。 ○ 最初には電灯を点けるチャンスが出来たこと。我々女の人Rice Mill が出来たこ   と、炊飯器でご飯が炊けること、電池無しでラジオが聞けること、テレビで世界   中のニュースが見れること、電話などが使えるようになってから奥の村にいても   都会にいたような感じをしています。 ○ 電気が来てから、以前と比べて家事やそのほかのことがとても易しく、速く出来た   と思います。 ○ 家の中の仕事がしやすくなりました。色々なインフォメーションが安く、速く入る   ようになりました。 ○ 食べ物きれい,新鮮な食べれるようになりました。 ○ 電気が来てから色々と助かりました。仕事が速く、易しく出来ました。森の保存が   出来ました。 ○ 電気が来たときに感じたことを率直に言いますと以前私たちは時間の利用は上手く   出来ていなかった。今は電気が来てから我々のブジュンの人々は時間の利用が上手   くしています。ある人は籠を作ったり、ある人は敷物を作ったりなど。 ○ 電気が来て私はとても嬉しかったです。電気が来てから私たちの村は空のある部分   と同じくいつも光っています。 ○ 以前より多くのことを勉強ができました。電気があるからテレビが見ることが出来   ます。国内、国際の世界中のニュースが村ででも見る、聞くことが出来ます。 ○ 以前は灯油の煙で目に良くなかったが、いま電気が来て目にも良いです。 ○ 電気が来てから教育レベルも上がりました。時間が有効に利用で来ました。 ○ 全国のニュースを聞きますと。ネパールは停電が多いです。でも我々の村では24時   間電気があります。 ○ 24時間停電無しで電気が使えています。 ○ とても良いです。とても明るいです。村が美しくなりました。 ○ 電気が来てから子供の勉強に変化がありました。Tukkiランプを点けることが無い   です。とても嬉しいです。 ○ 電気が来る前暗いところとても苦しかったです。電気が来てから沢山の仕事が出来   るようになることでとても嬉しく感じました。 ○ とても嬉しかったです。灯油に使っているお金も減ります。それから夜も晩くまで   仕事が出来るようになることでとても嬉しく感じました。 ○ 当時とても嬉しく感じました。夜晩くまで色々な仕事が出来る、晩くまで勉強が出   来る、ラジオ、テレビ、電話、必要な時コンピューターなど色々な製品を使えるようにな   ると思い、大変嬉しかったです。 ○ 電気が来てから灯油にお金を使わなくても済みました。Tukki(ランプ)を点けて   生活するときの問題がなくなりました。消費の金額が減りました。子供たちの勉強   時間が延びました。 ○ 電気!! 私はとても嬉しいです。薪を使う問題が減りました。それと夜も時間があ   るとき色々な仕事が出来ようになりました。それから子供たちの勉強時間も長くな   りました。